大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)84号 判決 1972年11月21日

上告人

エアロマスター株式会社

右代表者

山下政一

右訴訟代理人

大原篤

大原健司

被上告人

森田興産株式会社

右代表者代表取締役

森田正外六名

右七名訴訟代理人

栗田源蔵

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大原篤、同大原健司の上告理由第一点および第二点について。

原審の確定するところによれば、被上告人森田興産株式会社(以下、被上告会社という。)は、昭和四一年七月訴外太協物産株式会社(以下、訴外会社という。)に対し共同住宅の新築工事に伴う空気調和設備工事を請け負わせたので、訴外会社は、上告会社から本件冷暖房機器一九台外一台を買い受け、これを右共同住宅に設置して右請負工事を完成し、同四二年四月一五日頃被上告会社に引き渡したが、右機器二〇台については、訴外会社と上告会社との売買契約において、その代金完済まで所有権が上告会社に留保されていたところ、訴外会社は右代金を全く支払わなかつたので、訴外会社は右機器の所有権を取得していなかつたというのである。そして、原審は、被上告会社が本件機器の引渡を受けるにあたり、その代表取締役森田正において、本件機器が訴外会社の所有に属すると信じ、かつ、そう信ずるにつき過失がなかつたとして、被上告会社が民法一九二条によりこれを即時取得したものと認めたうえ、上告会社が所有権に基づき被上告会社を含む被上告人らに対し本件機器の引渡を求める第一次請求を棄却した第一審判決を是認し、さらに、上告会社が予備的に右所有権を喪失したことを前提として被上告会社に対し損害の賠償を求める請求を審理し、これを棄却しているのである。

おもうに、民法一九二条における善意無過失の有無は、法人については、第一次的にはその代表機関について決すべきであるが、その代表機関が代理人により取引をしたときは、その代理人について判断すべきことは同法一〇一条の趣旨から明らかである。したがつて、具体的に実質上取引が何者によりされたかを決することなくしては、善意無過失を論ずることができないわけである(大審院昭和一二年一一月一六日判決・民集一六巻一六二四頁参照)。ところで、記録に徴すると、上告会社の主張の趣旨は、訴外会社の代表取締役である恩田忠幸が本件工事の請負につき被上告会社の専務取締役として深く関与したというにあると認められ、右取引当時、恩田が被上告会社の取締役であつたことは、原審の確定するところであり、同人が被上告会社の業務執行に関与しうる立場にある以上、取引の形式いかんを問わず、右工事請負について、被上告会社の代理人として行動した余地がありえないわけではなく、同人は訴外会社の代表取締役であるから、本件機器の所有権の帰属については認識をもつていたとも解しうるところである。したがつて、原審がこの点を審究することなく、被上告会社の代表者である森田正の善意無過失のみによりただちに本件機器の所有権の即時取得の成立を認めたのは、民法一九二条、一〇一条の解釈を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法をおかしたものといわなければならない。

よつて、論旨は理由があるから、他の上告理由に対する判断をまつまでもなく、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官下村三郎は、出張中につき評議に関与しない。

(関根小郷 田中二郎 天野武一 坂本吉勝)

上告代理人大原篤、同大原健司の上告理由

第一点 原判決は民法一九二条の解釈適用を誤り、理由不備及び審理不尽且つ判例違背の違法がある。

一、原判決は、上告人の本位的請求について挙示の証拠に基づき、上告人と訴外太協物産株式会社との間に本件機器につき代金完済迄所有権留保の契約をなしたること、太協物産と被上告人が本件機器の引渡をなす際、太協物産は本件機器の所有権を有していなかつたのであるが、被上告人は太協物産が所有権を有し、その所有権の移転を受けられるものと信じて引渡を受けたものであること、被上告人が右のように信じたことについて過失があつたかどうかにつき、被上告人の代表者森田正は医師としてその患者であつたと言う関係で、太協物産の代表取締役である恩田忠幸と知り合いの間柄であつたので、被上告会社を設立する際恩田に株主になつて貰い、昭和四一年頃より昭和四二年七月頃迄取締役になつて貰つたこと、被上告人は森田正を中心とする同族会社であつたので、恩田の取締役就任は全く名義上のものに過ぎず、恩田に於て取締役として被上告会社の運営に関与するということはなかつたこと、森田正は太協物産には無関係だつたので太協物産の内部的経済事情を知ることもなかつたこと、被上告会社と太協物産との関係は一般注文者と請負人との域を出なかつたことを認定し、更に一般に請負人が材料を提供してなす仕事を完成して、仕事を注文者に引渡した場合、注文者に於て特段の事由なき限り、請負人がいかなる経緯により右材料を入手したかまで、注意すべき取引上の義務はないものとなすのが相当と考えられるので、被上告人が太協物産に於て如何なる経緯において本件機器を入手したか等について調査しなかつた結果、本件機器は太協物産の所有であると誤信したとしてもその誤信について過失があるとなし得ないこと明らかであると認定し、被上告人は民法第一九二条により本件機器につき所有権を取得したものとしなければならないと判示した。

二、(本項に於て被上告会社とは森田興産株式会社を指す)

(1) 然れども、そもそも会社の如き企業体に於て悪意或いは有過失を論ずる場合、会社の業務補助者(担当取締役、専務取締役等)に於て悪意又は有過失である以上、代表取締役が仮に主観的善意、無過失であつても、民法第七一五条、同第一〇一条、商法第四二条、同第四三条の法意に照らし、その会社自体は悪意又は有過失と評価さるべきである。(最高判昭和三九、五、二三、第二小法廷、昭和三六年(オ)第一三六〇号判決、時報三七号二六頁参照)

(2) 本件に於て恩田忠幸は昭和四一年四月頃より同四二年七月中頃迄被上告会社の専務取締役であり、その旨の名刺を使用し、上告人に交付して本件機器の取引に関係したものであり、登記簿上も取締役の登記をなし当然被上告会社の取締役会にも参加し、その取締役会を通じて、被告会社の本件機器の設置其他会社の運営にも参加していたことは当然推認されるところである。(原審森田正本人供述中、恩田に言われて夏頃私と藤田、恩田が見に行つた、恩田に機械のことも含めて一切任してありました、とある点参照)

原審は、恩田は被上告会社より頼まれて株主や取締役になつて貰つたとか、非常動の全く名義上のものに過ぎないとか、それで取締役として会社の運営に関与したことはなかつた等と独断的形式論を以つて恩田の立場を軽視することにより、被上告会社の責任を看過せられたのであるが、甚だ不当である。

尚、本件機器は上告会社の工事人が森田コーポに設置据付工事をなし、且つ運転調整工事をなしたこと、その工事は大工事であつて相当日時を要したものである。(甲第一号証末段参照)

従つて、被上告会社の専務取締役たる恩田忠幸が、本件機器の売買契約の内容、即ち、代金未済の間は上告会社に所有権が留保され、本件機器は太協物産の所有に非らざることは熟知していたものであり、被上告会社は当然悪意というべきである。

若し、原審判決の如く解せんか、会社はその取締役又は従業員を使つて他より財物を騙取させ、その後之を会社に於て買取つたと主張して不当に利得する、いわゆる賍物故買的行為を奨励是認する結果となり、社会通念上吾人は到底之を容認し得ないところである。

然るに、原審が恩田の悪意を認定しながら、被上告会社の悪意を認定しないのは到底承服することはできないものである。

(3) 次に、原審判決は本件に於て被上告会社に過失があるのに無過失なりと認定した違法がある。

即ち、本件機器は、太協物産の製品ではなく、特殊会社たる上告会社の新製品であること(森田正も名古屋市内の某ホテルに新設してあるものを見に行つている)従つて、他より買受けなければならないこと。しかも高価品であること。更に当事者にとつて取引上珍らしい品であるから、太協物産が如何なる経緯で所有権乃至占有権を有するのか、その占有権限につき不信の念を抱くのは通常であるのに、合理的資料なくして、太協物産に権限ありと信じたものであつて、過失ありといわざるを得ない。(最高判昭和四二、四、二七、第一小法廷、昭和四一年(オ)第一二九七号判決、時報四九二号五五頁、東京高判昭和二八、二、二四判決、民集六、八、四二一参照)

更に被上告会社の代表取締役森田正は(イ)太協物産が資金的に苦しく(小建設会社が資金的にやりくりをして経営していることは公知の事実であり、太協物産もその例に洩れなかつたことは恩田の証言がある)(ロ)恩田が公庫より金策するため森田を利用した人物なること。(ハ)太協物産は森田コーポ以外に何等工事らしき仕事をしていなかつたこと。(ニ)従来からの借金支払のため森田コーポの工事費支払金を流用せること等を熟知していたこと。之に加えて、工事の内容が家屋建築というような日々或る仕事の工程を完成していくという内容のものでなく、高価なる完成品たる本件機器を持込み据付けすると言う場合には、当然には本件機器が太協物産の所有なりと思料し得ないのは社会通念である。従つて、かかる場合には本件機器は原所有者たる被上告会社に対し代金は完済されているかどうかにつき当然疑問を抱くべきであり、本件機器はどうして入手したのか、又はその代金は決済されているかどうかを、一言、恩田に対し簡単に問いただせば直ちに判明した筈であるのに之をなさなかつた過失がある。蓋し、森田と恩田とは前記の如き特殊関係がある間柄であるから、右尋問は一口で済み、いわゆる一挙手、一投足の労により直ちになすことができ、一般請負人と注文者との間柄とは相違するのであるから、これをしなかつたことは悪意なるか、仮にそうでなくても、特別の調査尋問をしないまま毫もこのような疑問を抱かずに軽々しく本件機器を太協物産の所有と信じて、その引渡を受けたものとすれば、その誤信こそ正に明らかに被上告会社の過失と言わざるを得ないものと断言し得るものである。(大阪地判昭和三八、一、二四、判決、時報三四七号四六頁、大判大正一〇、七、九、全集二〇、一四参照)

(4) 次に、原審判決は被上告会社の無過失を認定するに当り、証拠なくして之を認定したか、立証責任を転換したかの違法、又は過失についての特段の事由につき審理不尽の違法がある。

即ち、上告人は原審に於て種々の事実を挙げて被上告会社の有過失を主張しているのである。そして、民法一九二条の無過失は被上告会社に於て立証責任があるのに、原審はいとも簡単に何らの証拠なくして、被上告会社と太協物産とは一般注文者と請負人の関係に過ぎないとして、被上告会社と太協物産との関係のみを採り上げ、その間に介在する恩田の立場を殊更看過又は隠蔽して、被上告会社は特段の事由のない限り請負人の材料入手まで注意すべき義務がないとし、一九二条の無過失の点を抹殺し、又はすり替え、被上告会社が誤信しても過失はないと判示したのであるが、本件では簡単に調査できるのにそれをせず、不注意にも誤信したのであつて、高価品、新製品、恩田の地位、立場、太協物産が経済的弱者なること等々正に特段の事由があり、その特段の事由が原審以来大問題となつているのに、之を審理せずしていきなり注意義務がないとか、過失がないとかいわれても上告人は承服することはできない。原審判決は虚無の証拠に基づき無過失を認定したか、立証責任を転換した違法があり、又は特段の事由につき審理不尽の違法がある。(被上告会社の立証責任につき大判昭和五、五、一〇、新聞三一四号一二頁、大判昭和七、六、二九、民集一一巻一二六七頁、大判昭和八、五、二四、民集一二巻一五六五頁参照)

(注) 本件機器は上告会社が特許権を有する冷暖房両用の最新式のもので、他の一般機器とは全く区別されるものであつて、松下電器、三菱電気、東芝等ですら之を勝手に製造販売することは出来ないものであり、その優秀なる性能、特徴を森田正が聞知して、他の設置場所に調査に行つた後、契約したこと―甲八の一、二一及びその価額も相当高価であり、一台一八万円、二〇台で三六〇万円なること、並に完成品なる(甲一)を特にご留意乞う。

(5) 叙上の如く原審判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる民法第一九二条所定の善意、又は無過失の趣旨の解釈を誤り、之を不法に適用し、若しくは株式会社取締役の地位、権能、並に同一人が一株式会社の代表取締役であり、且つ他の株式会社の取締役であつた場合の取引の法的効果に関する解釈を誤り、審理不尽、理由不備の違法があり、更に最高裁判所昭和三六年(オ)第一三六〇号、昭和四一年(オ)第一二九七号、(4)項末記載の各判例に違背した違法があり、破棄せらるべきである。

第二点 原判決は理由不備、理由齟齬、経験則違反、審理不尽の違法がある。

一、原判決は、被上告人森田興産が無過失であるとする前提事実として、訴外太協物産の代表取締役である恩田忠幸の被上告人森田興産の取締役就任は全く名義上のものに過ぎず、取締役として被上告人森田興産の運営に関与することはなかつたことを認定し、右は甲第九号証及び証人恩田忠幸の証言、被上告人森田興産の代表者森田正の本人尋問の結果を証拠とするものである。

ところで右証拠によれば、先ず甲第九号証及び右恩田の証言によると(所謂敵性証人であるのに)同人は右被上告人会社の役員会の決議により専務取締役となり、対外的にも甲第七号証の如き名刺を用い、高校時代より十余年来の知り合いにあたる森田正より「機械のことを含め一切を任されており」(右森田の供述)専務として活動していたというのである。また右森田正の供述によると、右森田は、右恩田に対し被上告人森田興産の森田コーポ等に関する一切を任し、建築資金の公庫借入れ手続等をなさしめたほか、金融筋にも被上告人森田興産の取締役と認識させるくらいの活動をなさしめ、或いは之を容認し、本件機器を上告人より買受け、備付させる以前に、新製品の調査をともにして、その買受、備付を決定し、また甲第三号証につき、右恩田の被上告人森田興産専務取締役との肩書使用に何ら異議を留めなかつたことより明らかな如く、右被上告人森田興産専務取締役を名乗り、且つ専務として活動させていたものである。

しかも右恩田がなす訴外太協物産の営業は、大体被上告人森田興産の仕事であつた事実からしても、右恩田の右立場は理解しうるものであるにも拘わらず、原判決は如何なる理由からか、前記の如く認定事実を列記しているところ、その認定事実とその根拠となつた証拠挙示に齟齬があり、その推論過程の理由不備なるか、或いは右証拠のほか証人寺田幸義、同藤田昌司の証言もあるのに、その推論、心証形成の上に経験則違反があり、少なくとも右認定事実の反対証拠につき、より具体的立証をなさんとした上告人の証拠申請をすべて却下し、その解明のための弁証法的審理を尽さなかつた違法があると言うべきである。

二、もともと上告人は原審において主張せる如く、第一審判決が、被上告人森田興産は善意無過失であるものとした事につき不服があり、更に、その悪意有過失を主張立証すべく控訴に及んだものであり、その点につき一審に重ねて詳細に立証すべく証人申請をなし、右却下、弁論終結後も敢えて弁論の再開を求め証人申請をなさんとしたものであるところ、原審はいずれの申請もその必要性なしとの理由で之を却下したものである。

成程、証人尋問の採否は原審の訴訟指揮権に委ねられているものではあるが、右訴訟指揮権と言えども自ら制限があり、上告人の右控訴を全く無意味にするが如き処置は、訴訟の結果につき上告人や訴訟関係人を納得せしめる公平且つ適正な手続とは言えず、国民の権利保護を拒否するものである。まして、前述の如き上告人の主張に沿う有力なる証拠を排斥せられたるは、全く審理不尽というべきものである。

三、以上の如く、原判決には挙示証拠と認定事実の齟齬、不備、或いは経験則違反があり、進んで事実を明らかにせんとした上告人の証拠申請をすべて却下し、その実情を明白にする手段を失わせしめ審理を尽さなかつた違法があり、原判決を破棄し差戻の上本事案の真相を明らかにすべきである。

<以下―略>

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